本の歴史 本のご先祖様(文字篇) 本のご先祖様(記録媒体篇) 本が普及するまで サン・ジョルディの日
本が普及するまで グーテンベルグ
 紙を発明した中国では、徐々に木簡や竹簡が廃れて紙に文字を記録するようになりました。そして大量の文字が書かれた紙を小さく扱えるように、巻き物や折った物、そして重ねて綴じた、現代の本に似た物が作られるようになります。それまで荷車に積んで動かしていた書籍が、こうして人が片手で扱える物になったのです。

 一方、西洋諸国では耐久性に劣るパピルスから皮革へと材料が移り変わり、主に聖書の写本などが作られていたようですが、大変高価だったため一般化する事はありませんでした。

 中国の製紙が西洋に伝わったのは8世紀後半。以後、シルクロードを経由し、西洋でも紙が使われるようになりました。

 15世紀にグーテンベルグが活版印刷に成功した事で本の大量生産が可能となり、以後本の主流は写本から印刷本へ、主な造り手も僧侶から製本業者に移っていきます。

 当時のヨーロッパはルネサンス期にあたり、この本の大量生産という偉業は文芸の大衆化という意味で歴史的な大きな意味を持っております。
 また、写本から印刷本になった事で、聖書の値段が何とそれまでの1/100になったというのですから、その普及効果は絶大です。

 一方、日本には西欧諸国より遥かに前から紙が持ち込まれており、国産本のルーツは、聖徳大使が作らせた仏教本との事です。さらに平安時代には耐久性を高めた和綴じと呼ばれる日本独特の綴じ方が完成します。

 また紙自体も、中国では綿などの繊維から作っていましたが、独自に改良を重ねて「こうぞ」などを原料とした和紙へと独自の発展を遂げていきました。

 日本に西洋の本作りが入ってきたのは18世紀。それまで日本には日本独自の本がありましたが、活版印刷によって本格的な大量生産が行われるようになったのは明治以降の話です。それには、パルプを原料として大量生産が可能な洋紙が輸入されるようになった事も大きく影響しています。

 現在では本作りの機械もずいぶんと進歩しましたが、基本的な本の作り方自体は、明治時代に入ってきた物でほぼ完成され、基本的な事はほとんど変わっていません。しかし、大量生産の可能な本を作る過程において、様々な工夫が重ねられ、現在私たちが手にしている本ができています。

サン・ジョルディの日へ続く